【ベトナムの歴史】
第1期: 紀元前3000年頃 北部と北中部に大きな部落ができました。ベトナム最初の統治国家が形成されます。
次第に貧富の差が生じその差が大きくなっていきます。
また部族内での衝突や他の部族との争いなども生じ、その中で国を率いたのが雄王(フンヴォン)です。
国の名前は「文朗国 Vang Lang」と呼ばれ、これがベトナムの歴史のはじまりとなります。
第2期: 現在の中国南部、広東・広西両省からベトナム北部の地域にかけてのベトナム人を、秦が支配する征服王朝「南越国」が作られました。
北部ベトナムはこの南越国の支配下におかれます。
その後、漢により南越国は滅びますがこの漢が更に中部ベトナムまで拡大支配を始めます。
~~隋→唐→五大十国→宋と1千年にも及ぶ中国の支配が続きました~~
途中唐代末には呉権(Ngo Quyen)が中国軍を破り、独立することができましたが
この頃はまだ完全な独立とは言えません。
(実際は小王朝が乱立して統制が保てず、それを治めていたのが中国でした)
第3期: 1009年頃、李公蘊が李朝大越国を建てます。ここからベトナムの長期的な統一政権が始まり、都は「ハノイ」に定められました。
1225年頃には、李輔国の大尉であった陳守度の策略で自身の身内に李朝の女帝を娶らせて、陳朝を開きました。
陳朝の実権を握っていた陳守度はは3度にわたり、モンゴルから侵攻を受けましたがその度に撃退し国政の安定をもたらしました。
しかし1407年頃から再び中国、明の支配下となります。
黎利(レロイ)がこの支配下からの脱却の為に独立戦争を闘い続け、10年後に明軍を撤退します。
ところが黎朝時代は何人もの政権交代、内紛があり・・・・・国家が安定しない短命王朝となりました。
1802年頃に阮福暎がフランス人宣教師の支援を受けて初めてベトナム全土を統一しました。これを阮朝(グエン朝)と呼びます。
そして1804年には清を宗主国として仰ぐこととし、阮朝は宗主国である清朝の制度を取り入れ国号をベトナムの漢字表記である越南に定めました。
一方この頃、フランス人宣教師がきっかけでフランスがベトナムに興味を持つようになります。
第4期:1857年ダナン沖でベトナム軍軍艦への攻撃をはじまりにフランスから侵攻されます。
1858年頃からはフランスの保護国となり・・・・・
遂に1887年にはフランスがフランス領インドシナ連邦を成立させてベトナムはカンボジアと共に連邦に組み込まれて植民地となりました。
ここから長い植民地時代と戦争の始まりです。
1945年第二次世界大戦は終わり、ホーチミン率いるベトナムはベトナム民主共和国を樹立して独立を宣言します。
しかしフランスはそれを許さず!?南部にコーチシナ共和国を成立させました。これが第一次インドシナ戦争の始まりです。
1954年ジュネーブ協定
(交戦当事者のベトナム民主共和国(北ベトナム)、ベトナム国(南ベトナム)、ラオス、カンボジア、フランスの5か国
アメリカ、イギリス、ソ連、中国の4か国を加えた9か国)による国際会議。
協定の内容はインドシナ戦争休戦、北緯17度線を暫定軍事境界線とし、ベトナム人民軍はその北の部分に、
フランス軍は以南に集結することになりました。またこの協定にて統一選挙を1956年に実施することをホーチミンが宣言しましたが
アメリカが最終宣言の参加を拒否し、このことが原因でベトナムが完全に南北分断されました。
北部にはベトナム民主共和国(北べトナム)、南部にはアメリカの後押しによるベトナム共和国(南ベトナム)が生まれました。
1965年にはアメリカ軍による北爆でベトナム戦争がはじまります。10年に渡る悲惨な戦いが続き・・・・
1975年4月漸くベトナム戦争終結、1976年「ベトナム社会主義共和国」が成立しました。




